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「暑いから撮らない。」それでは勝てません。

毎年この時期になると、多くの写真愛好家からこんな声を耳にします。

「暑くて撮影に行く気にならない。」
「体力が持たない。」
「夏は撮れ高がない。」

確かに、真夏の撮影は体力との戦いです。私も加齢により体力も落ちて夏の辛さが身に沁みます。しかし、私はあえて言いたいのです。

「暑いから撮らない。」それでは勝てません。

もちろん、炎天下で無理をしろという意味ではありません。

私が伝えたいのは、夏の過ごし方が、その年の賞レースを左右するということです。

そのことを強く実感したのは、前田真三賞に応募したときでした。

30点の作品を組み上げる中で、納得できる夏の作品が加わったことで、作品全体に厚みが生まれ、「一年を通して風景と向き合ってきた」という流れができたのです。

その経験から、私は思いました。

夏は空白にしてはいけない季節なのだと。

夏は「撮れない季節」ではなく、「撮り方を変える季節」

真夏は平地を一日中歩き回るような撮影では、体力ばかり消耗してしまいます。

だからといって、カメラを置いてしまうのはもったいない。

夏には、夏だからこそ撮れる風景があります。

朝霧、高原、積乱雲、湿原、渓流、朝露、星空……。

夏は撮れない季節ではありません。

撮り方を変える季節なのです。

私自身、夏は撮影時間も変えています。

勝負は朝と夕方。

そして、できるだけ志賀高原や乗鞍、美ヶ原、霧ヶ峰、御嶽周辺など、標高の高い場所へ向かいます。

夜明け前に撮影を始め、太陽が高く昇る頃には撮影を終える。

昼間はロケハンをしたり、現像やブログを書いたり、次の撮影地を探したりする時間に充てます。

暑さと戦うのではなく、撮影環境と撮影時間を変える。

これも、写真家としての技術だと思っています。

撮れ高は歩いた距離ではない

若い頃は、一日に何か所も回って撮影していました。

しかし今は違います。一か所でじっくり待つ。
光を待つ。霧を待つ。風を待つ。

風景と対話する時間を大切にしています。

撮れ高は、歩いた距離ではありません。

どれだけ風景と向き合えたかで決まります。

そして夏は、秋の作品づくりの準備期間でもあります。

太陽の位置を確認し、立ち位置を探し、「秋になったらここで撮ろう」とイメージを積み重ねる。

受賞作品は、その日に突然生まれるものではありません。

夏に積み重ねた準備が、秋や冬の一枚につながるのです。

おわりに

前田真三賞の30点を組み上げたとき、私は改めて実感しました。

「夏の一枚があるかないか」で、作品群の厚みは大きく変わる。

だから私は、真夏だからといってカメラを置きません。

撮り方を変え、場所を変え、時間を変えてでも撮り続けます。

その積み重ねが、結果としてコンテストで戦える作品群をつくると信じているからです。

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