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「本物がわかる」とはどういうことか

先日、テレビで「芸能人格付けチェック」を見ていました。

テーマは寿司。
3年連続でミシュラン掲載の名店「寿司さとる」の大トロと、回転寿司、さらには番組ディレクターが握った寿司を目隠しで食べ比べるという内容でした。

使われているネタも価格も大きく違う。
誰が見ても“明らかに違うもの”です。

しかし結果は、正解者はたった一人。

プロ野球選手や、普段から高級な食事をしているはずの人たちでさえ、見極めることができなかった。

この結果を見て、強く感じたことがあります。

それは、
「良いものに触れていること」と「それを理解していること」は全く別だということです。

人はそれぞれ好みを持っています。
何を美味しいと感じるかも自由です。

しかし一方で、
「なぜ美味しいのか」を自分の中で言語化できているかどうかは、まったく別の話です。

たとえ高価なものを日常的に食べていたとしても、
その違いを自分の中で分析していなければ、いざ問われたときに判断することはできない。

今回の番組は、それを非常に象徴的に示していました。

これは、写真にもそのまま当てはまります。

どれだけ写真を見ていても、
どれだけ撮影をしていても、

「なぜこの写真が良いのか」を説明できなければ、それは理解しているとは言えない。

例えば、

わびさびを感じさせるために露出を切り詰めた作品。
重厚感や空気感を意図して構成した画面。

そうした意図を持って撮影しても、
「明るくて気持ちのいい写真が好き」という評価もあれば、
そもそも何が良いのか分からないという反応もある。

また、風景写真においては、
絶景でなければ評価しないという見方も少なくありません。

つまり、写真は本質的に
全員に評価されることが難しい表現です。

だからこそ重要なのは、
誰に評価される写真を目指すのかを明確にすることです。

私は、
ハイアマチュアの方、メーカー、そして編集者。

そうした「写真を判断する基準を持った人たち」に評価される写真を撮りたいと考えています。

そのために必要なのは、撮ること以上に「見る力」です。

作品を見たときに、

・作者は何に反応したのか
・どこに価値を見出したのか
・なぜこの構成になっているのか

それを読み取る。

そして、それを自分の中に蓄積していく。

写真は風景を写しているようで、
実際にはその人の判断と選択を写しています。

だからこそ、

良い写真を撮るためには、良い写真を“理解する力”が不可欠です。

今回のテレビ番組は、
単なるバラエティではなく、

「本物を見極めるとはどういうことか」を
改めて考えさせられるものでした。

これからも、自分の写真を深めるために、

何に心が動いたのか。
なぜそれを選んだのか。

その問いを曖昧にせず、
撮ることと同じだけ、見ることにも向き合っていきたいと思います。

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