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写真は風景ではなく「心の動き」を写している

先日、EMAフォトスクールのメンバー13名で、北海道・道東を5泊6日かけて巡る修学旅行を行いました。

流氷の接岸、オオワシの飛翔、厳冬風景。
お天気はあまりよくありませんしたが、条件としては申し分のないといえます。

しかし、釧路でスクール内TCCを開催してその中で改めて強く感じたことがあります。

それは、
同じ場所に並んで撮っても、写真は決して同じにならないということです。

同じ流氷を見ていても、
同じオオワシを追っていても、
出来上がる写真は一人ひとりまったく違います。

その違いを生んでいるのは、技術ではありません。

「どこに心が動いたか」でした。

写真は風景を写しているようで、
実際にはその人の内側を写していました。
改めて重要なのは、
「自分はこの風景の何に惹かれたのか」を自覚することだと思いました。

氷の質感なのか。
光の当たり方なのか。
生命の気配なのか。
あるいは、その場の空気なのか。
この場の立ち振る舞いなのか。感じた歴史や人の営みなのか。

その何に惹かれたのか、つまり「心の引っかかり」が曖昧なままシャッターを切れば、
結果は曖昧な写真になります。

逆に、そこが明確になった瞬間、
写真は一気に芯を持ちはじめる。

今回の北海道では、その差が非常にわかりやすく現れていました。

同じ場所に立ちながら、
「撮らされている写真」と「自分で選び取った写真」がはっきり分かれる。

これは環境の問題ではなく、
向き合い方の問題。

写真を一段深くするための3つの視点

今回の経験を通して、改めて整理できたポイントがありました。

①何に惹かれたのかを言語化する
感性は「なんとなく」ではなく、必ず理由があります。
それを自覚することが、すべての起点になります。

② 一番見せたい主役を決める
惹かれたポイントを軸に、画面の中で何を主役にするのかを明確にする。
ここが曖昧だと、写真は伝わりません。

③ 感じたことを言葉にする
タイトルやステートメントは後付けではなく、表現の一部です。
言葉にできるかどうかが、思考の深さをそのまま表します。

自分が何に反応し、何を選び、どう表現するのか。

その積み重ねが、写真の差となって現れるのだと思います。

北海道という強いフィールドに身を置いたことで、改めて
その本質がより鮮明に浮かび上がった時間であり、自分の作品にも反映させていきたいと強く思いました。
最後まで読んでいただきありがとうございました(^_-)-☆

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