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写真を変える「気づき力」

写真スクールを続けていると、いつも不思議に思うことがあります。

同じ定例会に参加し、同じ講評を聞き、同じ時間を過ごしているのに、毎月のように作品が変わっていく人がいる一方で、なかなか変化が見えない人もいます。

なぜ、これほど差が出るのでしょうか。

「写真はセンスだから」

そう言ってしまえば簡単です。

確かに、生まれ持った感性やセンスの違いはあると思います。
でも私は、それだけではないと考えています。

むしろ大きいのは、学んだことから自分で何かに気づき、それを自分の写真に置き換え、次の撮影につなげていく力ではないでしょうか。

私はこれを、「気づき力」と呼びたいと思います。

写真には「正解」がない

学校の勉強なら、「この問題にはこの公式を使う」というように、学んだ方法を当てはめて答えを導き出せるものがあります。

でも、写真はそうはいきません。

「この構図なら正解」
「この光なら正解」
「こう撮れば作品になる」

そんな絶対的な答えはありません。

だからこそ、

自分は何に惹かれたのか。
なぜ、この構図にしたのか。
何を伝えたかったのか。
そして、それは写真から本当に伝わっているのか。

こうした本質的な部分を、自分自身で考える必要があります。

技術を知っていることは、もちろん大切です。

でも、どれだけ技術を身につけても、「何を撮りたいのか」「何を伝えたいのか」がなければ、技術をどこで、どう使うのかも決まりません。

写真には正解がないからこそ、自分で考える力が必要になるのだと思います。

同じ講評を聞いても、受け取り方が違う

EMAフォトスクールの定例会では、作品を提出するときに、撮影意図を任意で書いてもらっています。

そこにも違いが表れます。

たとえば、

「朝早く現地へ行ったら霧が出てきました」

と、そのときの状況を書く人もいます。

一方で、

「霧によって木々の重なりが生まれ、その奥行きを表現したくて、この構図にしました」

と、自分が何に惹かれ、なぜそう撮ったのかまで考えて書く人もいます。

この違いは、小さいようで実は大きいと思っています。

後者はすでに、撮影した写真を振り返り、自分の作品を自分で分析する作業を始めているからです。

これは定例会で講評を聞くときも同じです。

私は一人の作品について話していますが、その内容はその人だけのものではありません。

構図の話。
光の話。
主役と脇役の話。
何を残して、何を捨てるかという話。
そして、写真が何を語っているのかという話。

ほかの人の作品への講評を聞きながら、

「今の話は、自分の写真にも当てはまるのではないか」

と気づける人がいます。

そして次の撮影で、それを試してみる。

同じ時間、同じ場所で、同じ話を聞いていても、その受け取り方と次の行動によって、少しずつ差が生まれていくのではないでしょうか。

写真歴だけでは説明できない

もちろん、写真歴を重ねることで身につくものはたくさんあります。

経験しなければ分からないこともありますし、失敗を重ねることで身につく判断もあります。

ですから、ある程度は写真歴と上達は比例すると思います。

でも実際には、写真を始めてそれほど長くないのにコンテストで結果を出す人もいれば、短期間で驚くほど作品が変わる人もいます。

EMAフォトスクールでも、それを強く感じた経験があります。

TCCでは、EMAフォトスクールのメンバーが一昨年は優勝、昨年は準優勝という結果を残しました。

しかも、選手たちの写真歴は3〜5年ほどです。

では、なぜそこまで戦えたのでしょうか。

私は、単純に写真が上手かったからだけではないと思っています。

勝つために、自分たちには何が足りないのか。
何を変えなければならないのか。
そして、気づいたことをどうメンバー全員に共有するのか。

5人全員が自分たちで考え、自分たちで気づき、それをメンバーに展開し、行動に移すことができました。

誰かに言われるまで待つのではない。

自分たちで課題を見つけ、自分たちで修正していく。

私は、ここに写真が上達していくための大きなヒントがあると思っています。

「気づき力」は、学習する力

私が考える「気づき力」は、単なる感性やひらめきではありません。

人から教わったことを、自分の写真に置き換える。

他人の作品を見て、自分にはなかった視点に気づく。

撮影現場で、

「自分が本当に惹かれているのは、ここではないか」

と気づく。

撮った写真を見返して、

「狙ったものとは違ったけれど、こちらの方が面白いのではないか」

と気づく。

そして、気づいただけで終わらず、次の撮影で試してみる。

私は、その繰り返しが大切なのだと思っています。

気づく

考える

試す

検証する

また気づく

この循環を、自分自身で回せるようになること。いわゆるPDCAを回すこと!

これが、写真における「学習する力」なのではないでしょうか。

そして、この循環を自分で回せる人ほど、先生から教えてもらうことだけに頼らず、自分自身で写真を高めていけるようになります。

私自身も「気づき」を探している

これは、スクール生だけの話ではありません。

私自身も同じです。

自分の作品を見るときには、できるだけ第三者の眼で見るように意識しています。

撮影した本人には、そのときの感動があります。

寒かったこと。
何時間も待ったこと。
霧が突然出たこと。
苦労してその場所まで行ったこと。

撮影した本人には、そのすべてが写真と一緒に記憶されています。

でも、作品を見る第三者には、その記憶はありません。

目の前にある一枚の写真だけです。

だから私は、自分の思い入れを一度外して、

「この写真を初めて見る人には、何が見えるだろう」
「この写真は、写真だけで何を語っているだろう」

と考えるようにしています。

そして、写真を撮っていない日常でも同じです。

何か心に引っかかる出来事があると、

「これを写真に置き換えるとしたら、どう表現できるだろう」

と考えることがあります。

写真は、撮影地に立っている時間だけで作るものではないと思っています。

日常で見たもの。
感じたこと。
人との関わり。
自分の中に残った記憶。

そのすべてが自分の中に蓄積され、いつか作品につながっていく。

そこにも「気づき」があります。

教わることから、自分で気づくことへ

人から教えてもらうことは大切です。

私自身も、多くの人から学んできました。

でも、あるところから先は、教えてもらうだけでは進めないと思っています。

教わったことを自分の中に持ち帰り、

自分で気づき、考え、試し、検証し、また気づく。

この繰り返しによって、少しずつ「自分の写真」になっていく。

だから私は、写真が伸びるために必要なのは、センスだけではないと思っています。

「気づき力」は、鍛えることができる。

そして、この力が身についてくると、先生がいなくても、自分で自分の写真を高めていけるようになる。

私はスクールでも、最終的にはそこまで辿り着いてほしいと思っています。

なぜ、すぐに答えを言わないのか

今年からEMAフォトスクールでは、通常の定例会に加えて、さらに作品を深く掘り下げるための「単写真」「組写真」の特別コースを始めました。

このコースでは、私が作品を見て、すぐに、

「ここをこうした方がいい」
「この写真を外した方がいい」

と答えを言うことを中心にはしていません。

まず、みんなで写真を見る。

この写真は何を語っているのか。
作者は何に惹かれたのだろう。
なぜ、この構図なのだろう。
自分なら、この写真をどう見るだろう。

それぞれが考え、言葉にし、ディスカッションします。

そして作者自身も、ほかの人の意見を聞きながら、

「自分が伝えたかったことは、本当に写真から伝わっていたのか」

を考えます。

私がすぐに答えを言わないのには理由があります。

答えを聞けば、その場では理解できるかもしれません。

でも、本当に身につけてほしいのは、次に同じような場面に出会ったとき、自分自身で気づける力だからです。

人の写真を考えることも、自分の学びになる

ディスカッションで他の人の作品について考えることも、決してその作者だけのためではありません。

人の写真を見ながら、

「私はここが気になる」

「この写真なら、こちらを残したい」

「なぜこの構図にしたのだろう」

と考えているうちに、

「あれ? 自分の写真にも同じことがあるのではないか」

と気づくことがあります。

人の写真だからこそ、冷静に見えることもあります。

ところが、自分の写真になると、撮影したときの感情や思い入れが入ってしまい、見えなくなる。

だからこそ、人の写真を読むことは、自分の写真を見る眼を鍛えることにもつながると考えています。

人の写真を読む。
自分の考えを言葉にする。
違う考えを聞く。
自分の写真に置き換える。
そして、次の撮影で試す。

これもまた、

気づく → 考える → 試す → 検証する → また気づく

という「気づき力」を鍛える学習です。

最後は、自分で答えを見つける

写真には正解がありません。

だからこそ、いつまでも誰かに、

「これでいいですか?」

と答えを求め続けるのではなく、

「私はこう考える。だから、こう撮る」

と、自分で判断できるようになってほしい。

もちろん、必要なところでは私はきちんと指導します。

技術的に間違っていることがあれば伝えますし、作品として伝わっていないと感じれば、その理由も伝えます。

でも、私が最終的に目指しているのは、先生の答えを覚えることではありません。

自分で見る。
自分で考える。
自分で気づく。
自分で試す。
そして、自分で判断する。

その積み重ねによって、自分の写真を自分自身で高められるようになることです。

教わる写真から、自分で気づき、自分で高めていく写真へ。

そのための「気づき力」を育てること。

これも、これからのEMAフォトスクールで大切にしていきたいことの一つです。

そしてこれは、スクール生だけの話ではありません。

私自身もまた、一人の写真家として「気づき力」を磨き続けていきたいと思っています。

写真には正解がない。

だからこそ、写真は面白い。

そして、まだ自分でも気づいていない何かに出会うために、私はこれからも写真を撮り続けていきたいと思います。

「撮る」から「作品を創る」へ。

作品づくりの考え方を体系的に学びたい方は、ぜひご覧ください。

👉 EMAフォトスクールはこちら

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