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写真は、思想の色を持つ

先日、自宅で過去の作品を見返しながら、展示用のセレクトをしていました。
モニターに並んだ何百枚の風景を前に、あることに気づかされたのです。

タイトルがすぐに浮かぶ写真と、
どうしても言葉にならない写真がある。

同じ場所で、同じ時間に撮影したはずなのに、
迷いなく名付けられる一枚と、説明に困る一枚があるのです。

フォトコンテストや写真展では、必ずタイトルやキャプションが求められます。
私はそれを撮影後の作業だとは考えていません。

タイトルは、撮影時の決断の証です。

これまで数多くの応募を重ねてきましたが、
振り返ると入選するのは、タイトルが自然に浮かぶ作品でしたね。

それは撮影の段階で、「何を撮るか」だけでなく、「何を伝えるか」まで明確だったからでしょう。
構図や光を選ぶ判断の裏側に、すでに言葉の芯が存在していたのだと思います。

もしタイトルが定まらないときは、今、自分に問いかけるようにしています。

・この一枚で、最も見てほしいものは何なの?
・自分の心は、どこに動いたの?
・この写真で、何を未来に残したいの?

答えが曖昧なとき、写真もまた曖昧になります。

私は今 GFX100S II で風景を撮影しています。
約1億画素という数字に惹かれたのではありません。
私が求めているのは、風景の奥にある時間の厚みと、空気の密度です。

山肌のわずかな階調差、
霧の層が重なる微妙なグラデーション、
光が触れた瞬間の質感。

それらを破綻なく受け止める器として、このカメラを選びました。

本当に撮りたいのは、風景そのものではありません。
土地に積み重なった時間や、人の記憶、目には見えない気配です。

撮影前に私は問いかけます。

・この風景は何を語っているのか
・私は何に心を震わせたのか
・どの色で、この感情を定着させるのか

写真は光の記録ですが、同時に解釈の表現でもあります。

色は単なる情報ではなく、ある意味思想といっても過言ではありません。
階調は単なる描写ではなく、空気の記憶。

タイトルが浮かぶ作品とは、
撮影時にすでに物語の核がある作品です。

思想が明確であれば、判断は迷いません。
判断が揺らがなければ、画面は強くなります。

自宅でのセレクト作業は、改めてその事実を私に教えてくれましたね。

私はこれからも、風景の奥にある時間と対話し続けたいと改めて思いました。(*^_^*)
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

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